こんにちは、管理人のturtleです。
本稿はあくまで管理人自身の備忘録として書いており、管理人の好みの形式でまとめているため、歴史的な視点が若干抜け落ちている点、数学書に似た体裁を意識しながらまとめている点、理解度は問わずとも量子力学を学んでいることのある読者を想定している点に注意してください。
なお、本稿は長い記事になっていますが、量子力学をまとめる記事としてはこの稿で完結しているので、ぜひ最後までご覧ください。また、誤りがあれば適宜修正していきます。
第1章―量子力学とはなにか
1 古典論の矛盾
2 実在論と量子論
前節のように、20世紀はじめには、古典力学や古典電磁気学では説明がつかない実験結果が次々と発見されました。現在では、これを説明するための理論としては、量子論がおよそ正しいだろうということで一致していますが、歴史的に量子論以外の考え方が登場しなかったわけではありません。
とくに、古典論の範囲内でこれらの不思議な実験結果に説明をつけようとするものを「隠れた変数」理論とよびます。これは、
これらの実験結果は内部的にはすでに確定しているが、我々観測者はそれを知らないだけである。そのために実験結果が毎回のように、確率的に変動しているように見えるだけである。
というものです。その理論が古典力学や古典電磁気学にしたがう必要はなく、とりあえず何らかの「隠れた変数」によってすでに結果は確定しているのだというところに力点が置かれています。
注意
先の文脈で用いた古典論というのは、古典力学や古典電磁気学のことを指すわけではなく、「ある場所の測定がそこから遠く離れた別の場所での測定に影響を与えることはない」という局所性の条件と「測定をしようがしまいがそれとは関係なく物理量の値は存在しているはず」という実在性の条件を前提にした考え方「局所実在論」のことを総称しています。
例1.1
原子スペクトルについては、古典電磁気学を前提にすると、原子の安定性や原子が出す光のスペクトルの不連続性を説明しにくいという問題があった。
そこで、局所的な隠れた変数模型として、たとえば、
- 電子は特定の軌道にだけ存在できる
- その軌道上ではなぜか電磁波を放出しない
- 軌道を飛び移るときだけ、エネルギー差に対応した光を出す
というルールのもとで理論を作ると、水素原子のスペクトルをある程度説明できる。
例1.2
二重スリット実験では、1個ずつ飛んでいる粒子はどちらか一方のスリットだけを通るにもかかわらず、干渉縞が出ることを説明できないという問題があった。
そこで、局所的な隠れた変数模型として、たとえば、
- 粒子は実際にどちらか一方のスリットを通る
- ただし、粒子には周囲に局所的に広がる案内波のようなものが伴っており、その案内波が両方のスリットを通り、粒子の進路に影響する
というルールのもとで理論を作ると、干渉のような現象をある程度説明できる。
このように「隠れた変数」の理論というのは、われわれ観測者がまだ知らない何らかの「隠れた変数」によって物理量の値が測定前から決まっていて、測定するかしないかに依らず、物理量の値が確定しているはずだということを主張しています。
■ベルの不等式
以下のような思考実験を考えましょう。
第2章―数学的な準備
1 ヒルベルト空間
注意
複素共役の記号としては、この記事を通して\(^{*}\)を用いています。
内積の記号としては、この章のみ\(\langle \cdot , \cdot \rangle\)を用いています。
必要のため、次のことを定義します。
定義2.1(ベクトル空間の定義)
集合\(V\)が\(\mathbb{C}\)上のベクトル空間であるとは、\(V\)上に以下の8つを全てみたす演算\(+\)と\(\mathbb{C}\)倍が定義されている集合のことである。
1.\((\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})+\boldsymbol{c}=\boldsymbol{a}+(\boldsymbol{b}+\boldsymbol{c})\)
2.\(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}=\boldsymbol{b}+\boldsymbol{a}\)
3.\(\boldsymbol{0} \in V\)が存在して、任意の\(\boldsymbol{a}\in V\)に対して、\(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{0}=\boldsymbol{0}+\boldsymbol{a}=\boldsymbol{a}\)
4.任意の\(\boldsymbol{a}\in V\)に対して、\(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{a}’=\boldsymbol{a}’+\boldsymbol{a}=\boldsymbol{0}\)となる\(\boldsymbol{a}’\in V\)が存在する。
5.任意の\(k,l\in \mathbb{C}\)に対して、\((k+l)\boldsymbol{a}=k\boldsymbol{a}+l\boldsymbol{a}\)
6.任意の\(k\in \mathbb{C}\)に対して、\(k(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})=k\boldsymbol{a}+k\boldsymbol{b}\)
7.任意の\(k,l\in \mathbb{C}\)に対して、\((kl)\boldsymbol{a}=k(l\boldsymbol{a})\)
8.\(1\boldsymbol{a}=\boldsymbol{a}\)
定義2.2(内積空間の定義)
\(V\)を\(\boldsymbol{C}\)上のベクトル空間とする。このとき、関数\(\langle \cdot , \cdot \rangle : V\times V\to \mathbb{C}\)が内積であるとは、任意の\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y},\boldsymbol{z}\in V\)と任意の\(k,l\in \mathbb{C}\)に対して、以下の4つをみたすことをいう。
1.\(\langle \boldsymbol{x} , \boldsymbol{x} \rangle \ge 0\)
2.\(\langle \boldsymbol{x} , \boldsymbol{x} \rangle = 0 \Longleftrightarrow \boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}\)
3.\(\langle \boldsymbol{x} , \boldsymbol{y} \rangle = \langle \boldsymbol{y} , \boldsymbol{x} \rangle ^{*}\)
4.\(\langle k\boldsymbol{x}+l\boldsymbol{y} , \boldsymbol{z} \rangle = k\langle \boldsymbol{x} , \boldsymbol{z} \rangle + l\langle \boldsymbol{y} , \boldsymbol{z} \rangle\)
内積が定義されたベクトル空間を内積空間という。
内積空間\(V\)において、\(|\boldsymbol{x}|=\sqrt{\langle \boldsymbol{x} , \boldsymbol{x} \rangle}\)によって定義された関数\(|\cdot|:V\to [0,\infty)\)を、ノルムとよぶ。
ここで、内積空間において、2つのベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\)の距離を、\(|\boldsymbol{y}-\boldsymbol{x}|=\sqrt{\langle \boldsymbol{y}-\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y}-\boldsymbol{x} \rangle}\)で定義できます。
距離が考えられる空間のことを距離空間とよびます。
定義2.3(距離空間の完備性の定義)
距離空間\(X\)が完備であるとは,任意のコーシー列の収束先が\(X\)上に存在する、つまり、\(\{a_n\},\{a_m\} \subset X\)と\(\epsilon>0\)に対して、
$$
n,m\ge N \to d(a_n,a_m)<\epsilon
$$なる\(N\ge 1\)が存在することと定義する。
定義2.4(ヒルベルト空間の定義)
距離空間として完備である内積空間をヒルベルト空間という。
例2.5
\(\sum_{k=1}^n |a_k|^2 < \infty\)なる複素ベクトル\(\boldsymbol{a}\)全体の集合を\(\mathbb{C}^n\)とする。このとき、\(\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b} \in \mathbb{C}^n\)に対して、その内積を
$$
\langle \boldsymbol{a} , \boldsymbol{b} \rangle=\sum_{k=1}^n a_k {b_k}^{*}
$$と定めると、\(\mathbb{C}^n\)はヒルベルト空間になる。
例2.6
2乗可積分な関数全体の集合
$$
\Big\{ \psi:\mathbb{R}\to\mathbb{C} | \int_{\mathbb{R}} |\psi(x)|^2 dx < \infty \Big\} /\sim
$$がなすような集合を、\(L^2(\mathbb{R})\)とする。\(/\sim\)というのは同値関係で割る、つまり、違いを無視したいもの同士を1つのグループにまとめるという操作を表しており、ここでは、
$$
f\sim g \Longleftrightarrow f(x)=g(x) \ \text{a.e.}
$$つまり、とる値が異なるような点の集合の長さがゼロならば\(L^2\) 空間では同じ元とみなすということ。さてこのとき、\(f, g \in L^2\)に対して、その内積を
$$
\langle f , g \rangle=\int_{\mathbb{R}} f(x) {g(x)}^{*}
$$と定めると、\(L^2\)はヒルベルト空間になる。
さて、ここで同型な空間を次のように定義しましょう。
定義2.7(同型の定義)
ヒルベルト空間\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)に対し、全単射線形写像\(\Psi:\mathcal{H}_1 \to \mathcal{H}_2\)であって、任意の\(\psi,\chi \in \mathcal{H}_1\)に対して\(\langle \Psi(\phi), \Psi(\chi) \rangle = \langle \phi, \chi \rangle\)が成立するものが存在するとき、\(\mathcal{H}_1\)と\(\mathcal{H}_2\)は同型であると定義する。
このとき証明は略しますが、以下が成り立ちます。
定理2.8
\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)を任意の有限次元複素ヒルベルト空間とするとき、2つの空間の次元が同じであれば、\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)は同型である。
また、\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)を任意の無限次元複素ヒルベルト空間とするとき、\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)は同型である。
■有限次元の複素ヒルベルト空間
定理2.8で述べたように、ある整数\(n\)に対して、\(n\)次元複素ヒルベルト空間は全て同型なので、任意に一つ\(n\)次元複素ヒルベルト空間を持って来れば、一般の\(n\)次元複素ヒルベルト空間について議論したことになりますね。
具体的な有限次元の複素ヒルベルト空間として、さきに例2.5で紹介した\(\mathbb{C}^n\)空間をみていきます。量子力学を数学的に定式化するときには、内積、双対空間、演算子の扱いが重要になります。それぞれについて、
- \(l^2(\mathbb{R})\)空間における複素ベクトル\(\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b} \in l^2\)に対して、その内積\(\langle a , b \rangle\)を\(\langle a , b \rangle=\sum_{k=1}^n a_k {b_k}^{*}\)として定義します。
- 有限次元の複素ヒルベルト空間\(V\)から\(\mathbb{R}\)への線形写像全体の集合を、双対空間\(V^{*}\)とよぶ。内積の定義からただちに、写像\(l_v:V\to V^{*}\)を\(l_v(v)=\langle v,- \rangle\)と定義することで双対空間を定義できます。
- 有限次元の複素ヒルベルト空間\(\mathbb{C}^n\)における演算子というのは、ベクトルに作用して別のベクトルを返すもののことです。線形代数の定理によって、有限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子はすべて各空間の基底を取ることで線形写像が有限のサイズの行列で書ける、つまり、有界な演算子であることがわかっています。
ただし、有界演算子とは次で定義されています。
定義2.9(有界演算子の定義)
\(\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2\)を任意の複素ヒルベルト空間とするとき、演算子\(\hat{A}:\mathcal{H}_1 \to\mathcal{H}_2\)であって、任意のベクトル\(\psi\in\mathcal{H}_1\)に対して、\(|\hat{A}\psi|\ge C|\psi|\)なる\(C>0\)が存在するようなものを有界演算子と定義する。
有界演算子は、ヒルベルト空間上で定義できる演算子の分類としてはかなり自然なものの一つです。
■無限次元の複素ヒルベルト空間
有限次元のときと同様に、定理2.8で述べたように、無限次元複素ヒルベルト空間は全て同型なので、任意に一つ無限次元複素ヒルベルト空間を持って来れば、一般の無限次元複素ヒルベルト空間について議論したことになりますね。
具体的な無限次元の複素ヒルベルト空間として、さきに例2.6で紹介した\(L^2(\mathbb{R})\)空間をみていきます。これも有限次元のときと同様に、量子力学を数学的に定式化するときには、内積、双対空間、演算子の扱いが重要になります。それぞれについて、
- \(L^2(\mathbb{R})\)空間における関数\(f, g \in L^2\)に対して、内積\(\langle f , g \rangle\)を、\(\langle f , g \rangle =\int_{\mathbb{R}} f(x) {g(x)}^{*}\)として定義します。
- 無限次元の複素ヒルベルト空間\(V\)から\(\mathbb{R}\)への線形写像全体の集合を、双対空間\(V^{*}\)とよぶ。内積の定義からただちに、写像\(l_v:V\to V^{*}\)を\(l_v(v)=\langle v,- \rangle\)と定義することで双対空間を定義できます。
- 演算子についてのみ、有限次元のときと比べて大幅に難しくなります。
無限次元の複素ヒルベルト空間\(L^2(\mathbb{R})\)における演算子というのは、関数に作用して別の関数を返すもののことです。無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)の定義域は\(L^2(\mathbb{R})\)全体とは限りません。これについて見ていきましょう。
例2.10
例2.6で紹介した無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)として「\(x\)をかける演算子」を考える。このとき、\(L^2(\mathbb{R})\)空間の定義より、適当な関数\(f \in L^2\)をとってきたとき、演算子を作用させた後の関数\(xf\)は2乗可積分でなければならない。しかし、例えば\(f\)として\((1+x^2)^{-1/2}\)を選ぶと、
$$
\int_{\mathbb{R}} |f(x)|^2 dx=\int_{\mathbb{R}} \frac{1}{1+x^2}dx=\left[ \arctan x \right]_{-\infty}^{\infty} =\pi
$$$$
\int_{\mathbb{R}} |xf(x)|^2 dx=\int_{\mathbb{R}} \frac{x^2}{1+x^2)}dx=\left[ x-\arctan x \right]_{-\infty}^{\infty} = \infty
$$というように、\(f\)は2乗可積分であるが\(xf\)は2乗可積分でないというような例もあるため、この「\(x\)をかける演算子」の定義域は\(L^2(\mathbb{R})\)全体ではない。
例2.11
例2.6で紹介した無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)として「\(x\)での微分演算子」を考える。\(L^2\)空間はとる値が異なるような点の集合の長さがゼロならば同じ元とみなすのであったから、通常の各点での値を使った微分係数を定義が適していない。そこで数学的には、部分積分を利用して微分の定義を拡張し、関数がゼロでない値をとる部分が\(\Omega\)内部の有限の範囲に収まっている任意の関数\(\phi\)に対して、\(u\)の弱微分が\(v\)ならば、
$$
\int_{\Omega} v(x)\phi(x) dx=-\int_{\Omega} u(x) \phi'(x) dx
$$を満たすとして、関数にその弱微分を対応させる演算子を考えることとする。
ただこれでも弱微分を定義できない\(L^2\)空間上の関数はたくさんある。しかも、\(L^2(\mathbb{R})\)空間の定義より、関数\(f \in L^2\)の弱微分は2乗可積分でなければならないという条件もあるため、もちろん「\(x\)での微分演算子」の定義域は\(L^2(\mathbb{R})\)全体ではない。
そこで量子力学で、無限次元の複素ヒルベルト空間において演算子を考えるときは、その定義域を考えなくてはなりません。
2 演算子
ではここからは、次元が有限か無限かを問わず、複素ヒルベルト空間\(\mathcal{H}\)上で十分に定義域\(D(\hat{A})\)を持つ演算子\(\hat{A}\)を考えます。
定義2.12(共役演算子の定義)
演算子\(\hat{A}:\mathcal{H}\to\mathcal{H}\)と、\(\hat{A}\)の定義域内にある任意のベクトル\(\psi,\phi\)に対して、
$$
\langle \hat{A}\psi , \phi \rangle =\langle \psi , \hat{A}^{\dagger} \phi \rangle
$$なる演算子\(\hat{A}^{\dagger}\)を、演算子\(\hat{A}\)の共役演算子と定義する。
定義2.13(自己共役演算子の定義)
\(\hat{A}\)の定義域内にある任意のベクトル\(\psi,\phi\)に対して、
$$
\langle \hat{A}\psi , \phi \rangle =\langle \psi , \hat{A} \phi \rangle
$$なる演算子\(\hat{A}\)を対称演算子と定義する。とくに、演算子\(\hat{A}^{\dagger}\)の定義域が演算子\(\hat{A}\)の定義域と同じであるとき、\(\hat{A}\)を自己共役演算子と定義する。
有限次元の複素ヒルベルト空間においては、先に述べたように定義域が有限次元ベクトル空間全域にわたるため、対称演算子はすべて自己共役演算子ですが、無限次元の複素ヒルベルト空間においては、対称演算子であるからといって必ずしも自己共役演算子であるとは限りません。
定義2.14(固有値と固有ベクトルの定義)
演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)に対して、\(\hat{A}\psi = a\psi\)を満たす実数\(a\)とベクトル\(\psi (\neq 0) \in \mathcal{H}\)をそれぞれ、演算子\(\hat{A}\)の固有値、およびそれに対応する固有ベクトルと定義する。
このとき、次が成り立ちます。
定理2.15
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)が固有値をもつならば、すべて実数である。
定理2.15の証明
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)のある固有値\(a\)に対応する固有ベクトルを\(\psi\neq 0\)とすると、
$$
a^{*} \langle \psi,\psi \rangle = \rangle \hat{A}\psi,\psi \rangle = \langle \hat{A}^{\dagger} \psi,\psi \rangle = \langle \psi,\hat{A}\psi \rangle =a \langle \psi , \phi \rangle
$$より\(a^{*}=a\)であるので、示された。ただし、1つ目と4つ目の等号は\(\hat{A}\psi=\lambda\psi\)と内積の性質を、2つ目の等号は自己共役性を、3つ目の等号は共役演算子の定義を用いている。□
定理2.16
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)が相異なる固有値をもつならば、それらに属する固有ベクトルどうしは直交する。
定理2.16の証明
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)の相異なる固有値を\(\lambda,\mu(\lambda\neq\mu)\)として、それぞれの固有値に対応する固有ベクトルを\(\psi(\neq 0),\phi(\neq 0)\)とすると、\(\hat{A}\psi=\lambda\psi, \hat{A}\phi=\mu\phi\)が成り立つ。自己共役性より、
$$
\langle \psi,\hat{A}\phi\rangle =\langle \hat{A}\psi,\phi\rangle
$$が成り立つので、\(\hat{A}\psi=\lambda\psi, \hat{A}\phi=\mu\phi\)をそれぞれ代入すると、
$$
\langle \psi, \mu\phi\rangle =\langle \lambda\psi,\phi\rangle
$$より、定義2.2の内積の性質にしたがって、固有値を前に出すと
$$
\mu\langle \psi,\phi\rangle = \lambda^{*} \langle \psi,\phi\rangle
$$を得る。ここで自己共役演算子の固有値は実数であるから、\(\lambda^{*}=\lambda\)であることをふまえて移項すると、\((\mu-\lambda)\langle \psi,\phi\rangle=0\)であるので、\(\lambda\neq\mu\)より、\(\langle \psi,\phi\rangle=0\)である。よって、示された。□
■有限次元の複素ヒルベルト空間
有限次元の複素ヒルベルト空間における演算子は、さきにも述べたように、各空間の基底を取ることで線形写像が有限のサイズの行列で書けることがわかっています。これより固有値と固有ベクトルについて、次のことが成り立ちます。
定理2.17
有限次元複素ヒルベルト空間上の自己共役演算子\(\hat{A}\)は、実固有値をもち、それに対応する固有ベクトルの集合は正規直交基底を張るようにとれる。
定理2.17の証明
次元を\(n\)とすると、基底ベクトルを適当に取ることで、演算子\(\hat{A}\)は\(n\times n\)複素行列として表せる。ここで線形代数の定理より、固有値は\(\lambda\)についての\(n\)次方程式\(\det(\hat{A}−λI)=0\)の解\(\lambda\)であるから、代数学の基本定理により、\(\hat{A}\)は複素数の範囲で少なくとも1つ固有値を持つ。
さて、この固有値のうちの1つを\(\lambda_1\)、それに対応する固有ベクトルを\(\psi_1\neq 0\)として、\(\|\psi_1\|=1\)となるように規格化する。ここで、\(\psi_1\)に直交する部分空間
$$
\psi_1^{\perp}=\{\phi\in\mathcal H\mid \langle \psi_1, \phi\rangle=0\}
$$を考えよう。\(\phi\in \psi_1^\perp\)とすると、
$$
\langle \psi_1,\hat{A}\phi\rangle=\langle \hat{A}\psi_1,\phi\rangle = \langle \lambda_1 \psi_1,\phi\rangle={\lambda_1}^{*}\langle \psi_1,\phi\rangle = \lambda_1 \langle \psi_1,\phi\rangle=0
$$である。ただし、1つ目の等号は自己共役性を、2つ目の等号は\(\hat{A}\psi_1=\lambda_1\psi_1\)を、3つ目の等号は内積の性質を、4つ目の等号は定理2.15を、5つ目の等号は\(\phi\in \psi_1^\perp\)を用いている。つまり、\(\hat{A}\phi\in \psi_1^\perp\)であるので、\(\psi_1^\perp\) は \(\hat{A}\)によって保たれる、すなわち、\(\hat{A}\)を\(\psi_1^\perp\)上に制限しても再び自己共役演算子として考えることができる。
\(\psi_1^\perp\)は有限次元複素ヒルベルト空間であるから、同じ議論によりその中にも規格化された固有ベクトル \(\psi_2\neq 0\)が存在する。さらに \(\psi_1,\psi_2\) に直交する部分空間を考えて同じ議論を繰り返せば、有限回の操作で\(\psi_1,\psi_2,…,\psi_n\)という正規直交基底が得られる。各 \(\psi_i\neq 0\)は\(\hat{A}\)の固有ベクトルであるから、示された。□
■無限次元の複素ヒルベルト空間
もう予想がついているかもしれませんが、無限次元の複素ヒルベルト空間では定理2.14が簡単には成り立ちません。というのは、無限次元の複素ヒルベルト空間においては、自己共役演算子も固有値や固有ベクトルを持つとは限らないからです。
例2.18
例2.9と同様に、無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)として「\(x\)をかける演算子」を考えると、これは自己共役演算子である。このとき、ある固有値\(a\)とそれに対応する固有ベクトル\(\psi \neq 0\)が存在すると仮定すると、\(x\psi(x)=a\psi(x)\)、すなわち、\((x-a)\psi(x)=0\)となるから、\(x\neq a\)でないすべての\(x\)に対して、\(\psi(x)=0\)が満たされる。
ここで、\(L^2(\mathbb{R})\)空間においては、とる値が異なるような点の集合の長さがゼロならば同じ元とみなすとしていたので、\(\psi(x)\)は\(0\)と同じ元であるとみなせるが、これは\(\psi \neq 0\)に矛盾する。したがって、無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)である「\(x\)をかける演算子」は、固有値もそれに対応する固有ベクトルも持たない。
しかし、無限次元でも固有値に相当するものを考えたいでしょう。そこで、関数解析では固有値を含むより広い概念としてスペクトルというものを定義します。
定義2.19(スペクトルの定義)
演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)に対して、
$$
\sigma(\hat{A})= \Big\{ \lambda \in \mathbb{C} \Big| (\hat{A}−\lambda I)^{-1} \text{が\(\mathcal{H}\)全体を定義域とする有界演算子として存在しない} \Big\}
$$なるような\(\sigma(\hat{A})\)を、演算子\(\hat{A}\)のスペクトルと定義する。
よくわからなくなってきたかと思いますが、とりあえず言っていることは、
- \((\hat{A}−\lambda I)^{-1}\)の逆演算子が存在しない、つまり、そもそも\(\hat{A}−\lambda I\)が単射でないような\(\lambda\)は、演算子\(\hat{A}\)のスペクトルである。
- \((\hat{A}−\lambda I)^{-1}\)の逆演算子は存在するが\(\mathcal{H}\)全体を定義域とはしない、つまり、\(\hat{A}−\lambda I\)が単射であるけれど全射でないような\(\lambda\)も、演算子\(\hat{A}\)のスペクトルである。
- \((\hat{A}−\lambda I)^{-1}\)の逆演算子は存在するが有界ではない、つまり、あるベクトル\(\psi\)で、\(|(\hat{A}−\lambda I)^{-1} \psi|\le C|\psi|\)なる\(C>0\)が存在しないような\(\lambda\)も、演算子\(\hat{A}\)のスペクトルである。
ということです。もともと固有値というのは、\(\hat{A}\psi = a\psi\)を満たすベクトル\(\psi (\neq 0) \in \mathcal{H}\)が存在するような実数\(a\)のことでした。
ここで、例2.18では「\(x\)をかける演算子\(\hat{x}\)」に対して、\(\hat{x}\psi = a\psi\)を満たすベクトル\(\psi (\neq 0) \in L^2(\mathbb{R})\)はどんな実数\(a\)にも存在しないことをいいましたが、よく考えると、\(x=a\)の近くに幅\(1/n(n\gg 1)\)程度でものすごく狭く集中した関数\(\psi_n\)は、\(L^2(\mathbb{R})\)の成分ですし、\(\hat{x}\psi_n \simeq a\psi_n\)を満たしますよね。というのは、\(x=a\)の近くに集中した関数\(\psi_n\)の各\(x\)に対する値を\(x\)倍することをイメージすると、だいたいもとの\(a\)倍になりそうだからです。
こういう\(a\)を拾うための定義が、定義2.19なのです。詳しい説明は省きますが、次のことが成り立つことが知られています。
定理2.20
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)のスペクトルを\(\sigma(\hat{A}) \subset \mathbb{C}\)とすると、\(\sigma(\hat{A}) \subset \mathbb{R}\)である。
定理2.21
自己共役演算子\(\hat{A}:D(\hat{A})\to\mathcal{H}\)のスペクトルを\(\sigma(\hat{A}) \subset \mathbb{C}\)とすると、\(\lambda\in \sigma(\hat{A})\)であるときに限り、\(|\psi_n|=1\)かつ\(\lim_{n\to\infty} |(\hat{A}-\lambda I)\psi_n|=0\)なるベクトル列\(\{ \psi_n \}_{n=1}^{\infty} \subset D(\hat{A})\)が存在する。
例2.22
無限次元の複素ヒルベルト空間の間の演算子\(L^2(\mathbb{R}) \to L^2(\mathbb{R})\)として再び「\(x\)をかける演算子\(\hat{x}\)」を考える。さきに述べたように\(x=a\)の近くに幅\(1/n\)程度で集中した関数を\(\psi_n(|\psi_n|=1)\)とすると、これは\(L^2(\mathbb{R})\)の成分であって、かつ、\(\lim_{n\to\infty} |(\hat{A}-\lambda I)\psi_n|=0\)を満たすので、任意の実数\(a\)は「\(x\)をかける演算子\(\hat{x}\)」のスペクトルである。
2 原理2.1の意味
原理2.1(量子系の状態の記述)
量子系の純粋状態は、ある複素ヒルベルト空間\(\mathcal{H}\)の、規格化された射線で表せる。
次の節から、いま要請した原理を一つずつ見ていきましょう。
原理2.1は、量子系の状態を「この系は\(\left|\psi\right\rangle\)という状態にある」として指定することができるということである。
注意
「ヒルベルト空間が何次元か」、つまり、状態ベクトルを表すのに独立な基底ベクトルがいくつ必要かというのは、その量子系に対してどの自由度を状態として区別するかによります。
たとえば、電子の位置や速度といった自由度を無視してスピンだけを考えているならば、この電子の状態ベクトルを表す独立な基底ベクトルは、上向きのスピン\(\left|\uparrow\right\rangle\)と下向きのスピン\(\left|\downarrow\right\rangle\)の2つになり、この量子系に対応するヒルベルト空間は2次元になります。ここでの2次元はもちろん、電子が運動できる空間が2次元という意味ではなく、状態を指定する成分が2個あるという意味です。
一方で、モデルとして位置を無視しないような粒子を考えているならば、この系の状態ベクトルを表す独立な基底ベクトルは、\(x=−1,x=0,x=0.3,x=2,x=100\)といった無限にあるそれぞれの位置に対応する無限個のベクトルになります。つまり、この量子系に対応するヒルベルト空間は無限次元になります。ここでの無限次元ももちろん、粒子が運動できる空間が無限次元という意味ではなく、状態を指定する成分が無限個あるという意味です。
なお、問題やモデル設定ごとに考える自由度が変わるのはなにも特別なことではなく、古典力学において、現実の物体には位置、速度、向き、回転、内部温度、変形などいろいろな自由度があるにもかかわらず、物理の問題として扱うモデルでは向きや大きさを無視した質点として扱ったり、変形を無視した剛体として扱ったりするのと同じようなものです。
続いては、量子系に対応するヒルベルト空間が無限次元であるときを考えましょう。
ここでは簡単な例として、1次元空間上を動く1粒子の量子論的運動の記述を考えます。この量子系に対応するヒルベルト空間は、ここまでの内容にしたがうと、次のようにかけます。
$$
\mathcal{H}=\Big\{ \left|\psi\right\rangle \Big| \left|\psi\right\rangle=\int_{\mathbb{R}}\psi(x)\left|x\right\rangle dx , \psi:\mathbb{R} \to \mathbb{C} , \int_\mathbb{R} |\psi(x)|^2 dx<\infty \Big\}
$$

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